1泊2日 讃岐・伊予 四国城めぐり 初日

讃岐と伊予の名城めぐりへ 2020年8月25日から26日の予定で、兵庫県と大阪府に在住の歴史サークル戦国倶楽部のS氏とT氏とともに四国讃岐と伊予の城めぐりに訪れた。両氏との付き合いは2009年に小谷城を訪れて以来であるので、10年以上になる。今まで城巡りや…

第Ⅱ章 湖南編⑤ 秀次館

八幡山城の平時の居館、秀次館跡へ 八幡山ロープウェーを降り立った筆者らは、山麓の平時の居館跡、秀次館跡に向かった。筆者は山上の八幡山城には幾度か訪れたことがあるが、山麓の居館跡に訪れるのは初めてである。そのため、既に訪れたことのある女史に先…

第Ⅱ章 湖南編④ 八幡山城

豊臣秀次の城、八幡山城へ 2018年4月5日、前稿の古城山城をあとにした筆者らは時間が押してきたため、急ぎ八幡山城へと向かった。八幡山城山麓に到着した時には、すでに16時をすぎていた。八幡山ロープウェーで山上の城に向かうことにしたが、下り最終のロー…

第Ⅱ章 湖南編③ 古城山城

小堤城山城の尾根続きにある古城山城へ 前稿、小堤城山城の南東尾根の曲輪群から続く尾根道を歩いて、古城山へと向かった。途中、道は土橋状に細くなり堀切状の遺構が見えた。さらに進むとやがて城内への出入り口である虎口が見え、その傍らには説明版が設置…

第Ⅱ章 湖南編② 小堤城山城 後編

小堤城山城 写真位置 (踏査作図・福永清治氏 環境基本計画 自然山部会) 前稿写真位置⑦の曲輪から北東の支尾根に展開する曲輪へと向かうこととした。 写真位置⑧の堀切 前稿写真位置⑦との間は堀切で遮断されている。隣の西側の尾根も同様であり支尾根の曲輪が…

第Ⅱ章 湖南編② 小堤城山城 前編

織豊期以前の石垣が明瞭に残される小堤城山城へ 2018年4月5日、多喜山城に続いて野洲市小堤にある小堤城山城に訪れた。 観音寺城同様に織豊期以前の石垣が明瞭に残されている城として知られ、「第Ⅱ章 湖南編」のメインとして訪れたいと思っていた。林道終点…

第Ⅰ章 湖東編⑥ 宇佐山城

織豊系城郭の宇佐山城へ 2018年3月28日、瓶割山城へ訪れた筆者は次いで、滋賀県大津市の宇佐山城に向かった。本章は湖東編と題するが、宇佐山城は実際には湖西に位置する城である。 当城を本章に組み入れた理由は、当日訪城のラストでかつメインとして、すえ…

第Ⅰ章 湖東編⑤ 瓶割山城

瓶割柴田の伝説が残る瓶割山城へ 2018年3月28日、前稿の佐生城に続いて近江八幡市の瓶割山城に訪れた。 登城口のある山麓の日吉神社 城址は、別名・長光寺城と呼ばれ、山麓の日吉神社裏から遊歩道が続いている。 六角氏一族の抗争と瓶割山城 室町時代末、近…

第Ⅰ章 湖東編④ 佐生城

石垣が多用される観音寺城の支城 2018年3月28日、前稿の布施山城に続き、東近江市の佐生城に訪れた。 登城口は、観音寺城が位置する繖山の北方尾根続きにある北向岩屋十一面観音の駐車場先から遊歩道が続いている。 佐生城・概略図 六角氏の重臣・後藤氏 詳…

第Ⅰ章 湖東編③ 布施山城

六角氏有力被官・布施氏本家の城郭 前稿の井元城をあとにした筆者は、東近江市布施町にある布施山城へと向かった。 城主は六角氏被官で、布施氏の本貫地である蒲生郡布施を領する本家筋の布施三河守家である。永禄6年の観音寺騒動で三河守家は北近江の浅井氏…

第Ⅰ章 湖東編② 井元城

近年見つかった城郭遺構 前項の大森城に続いて訪れたのが、東近江市妹町に位置する井元城である。この城が発見されたのは1980年代と比較的新しい。それまでは伝承もなく、ここが城であるという認識は全くなかったという。 井元城 概略図 織豊系の技術を用い…

第Ⅰ章 湖東編① 大森城

湖東方面へ 湖国の城巡りで、まず最初にピックアップしたのは湖東方面である。近江守護の六角氏本拠である観音寺城に近く、その被官の城が多くみられるのが特徴である。その中でも最初に訪れたのが、六角氏被官の布施淡路守の城と伝えられる大森城である。近…

湖国の城をめぐる 序章

未訪の湖国の城を目指して 2018年3月末から4月末まで内の4日間、湖国滋賀の城巡りに行った。 筆者は近年、丹波を中心に京都・兵庫・岡山の城郭に訪れ、縄張り図の作成等を行う活動を行っている。滋賀県については、安土城をはじめ、特に有名な城郭や甲賀地方…

荒木城 北西尾根の曲輪群を歩く

荒木城 縄張り図 荒木城中心部から北西尾根へ 本稿では、北西尾根の曲輪群を歩いていく。 北西尾根郭群へは、「荒木城中心部を歩く」で紹介した曲輪⑩の北東方向に、スロープ状の通路がある。そこを降り、北西に続く道を歩けば写真位置㉒の堀切に到達する。 …

南東尾根の曲輪群を歩く

荒木城 縄張り図 中心部から南東の尾根に展開する曲輪群へ 本稿では、本丸から南東方向の尾根に連なる曲輪群へと歩いていきたい。江戸時代中頃に成立した地誌『丹波志』では、この南東の曲輪群側を大手としている。ゆえに中心部に次いでやや技巧的な縄張も垣…

荒木城 中心部を歩く

荒木城 縄張り図 本稿では、荒木城の中心部である本丸方向へと向かってみたいと思う。本丸周辺の縄張りは、支尾根に展開する曲輪群とは一線を画して技巧的な縄張となっている。 写真位置⑨の坂虎口 二折れする坂虎口を採用しており、上位曲輪の⑪の塁線からは…

荒木城 南西尾根の曲輪群を歩く

荒木城縄張り図 三宅 勝・作図 山上部へと歩いてゆく 本稿より、荒木城の山上部の遺構を見ていきたい。 写真位置①の郭 山上部への登山道は細工所砦背後の尾根筋に整備され、本丸までの所要時間を示す案内板が随所に立てられている。約15分ほど登山道を歩くと…

細工所砦

山麓の案内板に従い登山口へ 本稿より、荒木城へと向かってみたい。 荒木城は篠山市の細工所集落の背後の山上に築かれている。本丸は標高404mの位置にあり、集落からの比高差は170mを測る。 2013年撮影 ハートピアセンターから見る荒木城 上写真は2013年に撮…

整備された荒木城

2020年の大河ドラマは丹波で躍動した明智光秀を主人公とする「麒麟がくる」に決まった。どのように光秀と丹波の関わり合いについて描かれるかにも注目したい。筆者は光秀が丹波攻めの攻略対象とした城では、2007年冬に波多野氏の本拠、丹波八上城に訪れたこ…

著作物の取り扱いについて

当ブログ・著作物の取り扱いについて 本稿では当ブログ運営上の著作物の取り扱いについて記していきたい。当ブログでは、筆者が描いた縄張り図、鳥観図、並びに現地の案内板(説明版)を使用し城郭の紹介を行う。(筆者が描いた縄張り図、鳥観図の使用に関して…

公式ブログの再スタート

はじめに 9年間、書き続けていたyahooブログが本年末でサービス終了するとのアナウンスがあった。 いくつかのブログサービスを比較して選んだのが、当Hatena Blogである。 当ブログでは9年間の成果を踏まえつつ、新たな城郭観をもって書き綴っていきたいと思…